第31回映画祭TAMA CINEMA FORUM
幼い時に祖母の失踪を防げなかったことを悔いる女性(江角)が、幸せな結婚生活の最中に突然、夫に自殺されてしまう。数年後、幼子を連れて能登の一家に嫁いだ彼女は、新しい家族と平穏で幸福な日々を過ごすが、かつて愛する人に去られた心の傷が彼女の心を苛んでいく……。
是枝裕和監督の劇場映画デビュー作。
裕福ではないが愛のある生活を送っていた女が、夫の自死により茫然自失となり、何に傷ついているかもわからないまま乳飲み子を抱えてゆるやかな状況の変化に流されていく。あれだけ想いを言葉や行動で伝え合い、わかり合っていたはずなのにどうして突然いなくなってしまったのか。そんな疑問を抱いたまま尼崎から輪島に移り住み、新しい夫と子どもとの生活のなかでありのままの幸せを受け入れられずに過ごしていく様子がとても自然に描かれていた。
序盤で隣家のラジオについて主人公と前夫が話すシーンと、最後の海辺で後夫が「幻の光」について語るシーンが対応しているような気がして印象に残った。そして自分を取り戻していく主人公。そうそう、心の傷は必ずしも時間をかけて少しずつ癒えるものじゃなくて、謎が解けるときみたいにあるタイミングが来たら一気に回復することもあるんだよなあ。(理)
母の一周忌で故郷の実家に帰った写真家(オダギリ)が、恋人だった幼馴染と兄(香川)の親しい様子を見て、兄に隠れて彼女を誘う。翌日、兄と彼女と一緒に渓谷へ出かけるが、彼女がつり橋から転落し、一緒にいた兄は裁判にかけられる……。事故か事件か、主人公は目撃したのか、真実は何か、多くの疑問に重ねて、兄弟の心理的葛藤が交錯する緊張感に満ちた心理劇。
今年公開された『すばらしき世界』にて、服役を終えた男がカタギとヤクザの狭間で揺れ動く姿を観て、まず思い浮かべたのが同じ西川美和監督・脚本の『ゆれる』だった。公開当時は素直にオダギリジョー演じる弟の、罪悪感から逃れるために真実から目を背けながら行動する姿に感情移入してげんなりしたものだが(ここだけでも二重構造になっていてすごい!)、あらためて観ると香川照之演じる兄の気持ちが身に染みるほど理解できるようになっていて驚いた。容姿や性格に恵まれず、誰にでもできるような仕事をこなす単調な毎日のなかでふと魔が差す瞬間は確かにある。そして目の前で起きた事件が直視できないほど信じがたい不幸だったとしても、正否や真偽にかかわらず日常の地獄から抜け出す突破口に見えてきてしまう心境の変化も、恐ろしいと思う一方でうなずけてしまう。(理)