第28回映画祭TAMA CINEMA FORUM
1980年5月、韓国・光州ではデモ隊と軍が衝突状態にあった。ソウルのタクシー運転手マンソプ(S・ガンホ)は高額な運賃と引き換えにドイツ人記者ピーター(T・クレッチマン)を光州へ送り届ける。街のただならぬ雰囲気を察したマンソプは早く立ち去ろうというが、ピーターはデモ隊の大学生ジェシクや現地のタクシー運転手ファンらの助けを借りて取材を進めていく……。
本作の背景には1980年5月に韓国・光州で起きた「光州事件」がある。私はまだ生を受けてなかったため当時の世相について肌で知っているわけではないが、第二次世界大戦終結から35年ともなれば経済繁栄を謳歌していたように思える。日本史を紐解けば自動車の生産台数が世界一となるなど、後のバブル期の到来を予感させる状況であったようだ。しかしながら世界に目を遣ると、西側諸国によるモスクワオリンピックのボイコットやイラン・イラク戦争の勃発などあちこちで対立や紛争などの出来事が並ぶ。このように国内外の情勢にギャップがあったためか、鑑賞直後はこの陰惨な事件が私とほんの少しだけ時空を隔てた1980年の韓国に在った史実だと、どうしても実感できなかった。今にして思えばそれは防衛機制が働いたのかもしれない。それほどまでの恐怖を私にもたらしたマンソプの言葉にできないほどのやるせなさにぜひ着目していただきたい。(中)
1971年、ベトナム戦争最中のアメリカでは 反戦の気運が高まっていた 。そんななか、ニューヨーク・タイムズが政府の極秘文書“ペンタゴン・ペーパーズ”の存在を暴く。ライバル紙であるワシントン・ポストの社主キャサリン(M・ストリープ)と部下のベン(T・ハンクス)たちも、報道の自由を求めて立ち上がり……。
誰もが知る世界的映画監督スティーヴン・スピルバーグ。「今撮るべき作品」として撮影中の他の作品を差し置いてメガホンを取った渾身作。ベトナム戦争が泥沼化するなか、政府は、戦禍は好転していると嘘の情報を流していた。それに対して、報道機関はあらゆる手を尽くして真実を入手するが、政府を敵に回し大きな代償を払ってまで、記事にするべきなのか、決断を迫られる。彼らの姿は現代の我々に大切なメッセージを伝えてくれる。トランプ大統領によって「フェイクニュース」という言葉が広まったいま、多くの情報が錯綜し、なかには嘘の情報も流れている。2年前の熊本地震の際には、動物園からライオンが逃げ出したというデマが流れ、多くの人々を混乱に陥れた。誰もがスマホを持ち、誰でも簡単に情報を発信できる現代だからこそ、キャサリンとベンの物語を踏まえて「情報を伝える者としてのあるべき姿」をきちんと考え、ふるまいたいと思う。(神)
1975年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学法学部卒。東京新聞社会部記者。千葉、埼玉など各県警担当、東京地検特捜部担当を歴任。社会部でセクハラ問題、武器輸出、軍学共同、森友・加計問題などを取材。官邸会見で菅官房長官の追求を続ける。2017年、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞。著書として「新聞記者」(角川新書)、共著「武器輸出大国ニッポンでいいのか」(あけび書房)、「権力と新聞の大問題」(集英社新書)、「しゃべり尽くそう! 私たちの新フェミニズム」(梨の木舎)など多数。